夜が更けると、外の景色とは裏腹に賑やかになる場所。

人々は互いの経験を語り、時にはそれを歌に込める。

中立都市ジュノ。

辺りが暗くなり眠りにつこうとする街の中、酒場は今日も賑わいが絶えない。

酒場ではヒュームの若い男女、背の高いエルヴァーンの老人やガルカに交じって、

一見ちょっと場違いかと思われる小さな子供がカウンターにちょこんと座っている。

いや、子供ではない。

彼は礫としたタルタルの青年、名をニルギリという。

どうやら同じタルタルの相棒が来るのを待っているようだ。



「ごめ〜ん!ちょっと取り込んでて・・・。待った?」

ぱたぱたと足音を立てて酒場に入ってきたのは相棒のラミン。

「約束の時間から大分過ぎてるよ。何してたの?」

「んと・・・ちょっと、ね」

相棒の遅刻は日常茶飯事。ニルギリは特に気にかけるでもなくラミンに椅子を勧めた。

「あら?もう飲んでるの?ずるぅ〜い、フライングだぞ!」

「遅れてきたんだから文句は言えないでしょ」


ニルギリの飲んでいるのはミリオンコーンを発酵させた酒。

名もよくわからない国が発祥の地で、そこでは焼酎と呼ぶらしい。

この焼酎に氷を入れただけのシンプルな飲み方がニルギリのお気に入りだ。

冒険者の多いこの世界・ヴァナディールでは、その強いアルコール故、

焼酎は比較的年配向けの飲み物である。

酒場のマスターはヒュームの老人で、もう何十年もここで憩いのひと時を過ごす冒険者達の姿を見ている。

ヒュームから見たところ子供にしかみえないニルギリが焼酎を飲むのは違和感がある。

だが、ニルギリもラミンもこの酒場の常連となっているので、マスターも彼が焼酎を好むのを知っている。


「はは、お前さん達は相変わらず仲が良いなぁ」

二人のやり取りが耳に入ったらしく、他の客と話をしていたマスターが近づいて声をかけてきた。

「ヒュームから見たらただの子供のじゃれあいにしか見えないんじゃない?」

マスターと大分親しくなっているニルギリは、苦笑しながら言葉を返した。

「そんな事はないさ。仲が良い者同士は年齢、種族を問わずにいきいきしてるもんだ」

「そうだよ!そんなこと言ってると種族差別罪で捕まっちゃうぞ!」

「だって酒場で大声出してるのはベロベロに酔っ払った客か場違いな子供かのどっちかくらいでしょ」

「むー!誰が大声出してるのよ!」

「ほら、また」

「むー・・・むぅむぅ」

自然と声が大きくなっている自分に気がついたらしく、ラミンは声と共に小さく縮んでいった。

いくら無邪気なラミンとはいえ普段大声を出すことは滅多にない。何かあったのだろうか。

「・・・で、何か飲むんじゃなかったの?」

機嫌を直そうと、ニルギリはラミンに注文を促した。

「あ、うん!マスター、セルビナミルク割りお願い!」

さっきまでのぶすっとした態度はどこへやら、満面の笑顔でラミンはマスターに言った。

ぶっ!とニルギリは飲んでいる酒を吹きこぼしそうになる。

「あいよ、ちょっと待ってね」

笑顔を返すマスターも苦笑、といった感じである。

「セルビナミルク割りって・・・まさか、あれ気に入ってたの?」

「だって甘くって美味しくって、そしたらふわ〜ってなってきて、楽しいんだもん」

「・・・まぁ、好みは人それぞれだよね」

落ち着きを取り戻したニルギリは、ぐぃっと残りを一口で飲み干した。

「マスター、僕ももう一杯」

珍妙奇天烈、謎の酒を手にしてやってきたマスターに、ニルギリはグラスを渡した。

「いただきまぁす」

謎の酒を、ラミンはとても美味しそうにグビグビと飲む。

「・・・美味しい?」

恐る恐る、ニルギリはもはや謎の対象となりつつある相棒に訊ねる。

「美味しいよぉ〜。甘くって美味しくってふわ〜っと」

「・・・ラミン、いい加減飲むペース覚えようよ」

マスターがニルギリのおかわりを注いでくる間に、ラミンはもうグラスの半分を飲んでしまった。

「え〜?普通だお〜」

「もう酔ってきたの?」

「そんなことないお〜」

この口調は普段のラミンとは大して変わらないとも言えなくもないのだが、そこは相棒。

ニルギリはラミンの微妙な変化に感づいた。

「ね、ラミン?もうちょっと飲むペース下げよう?」

「さーげーてーるーよーぉーー」

「あぁ・・・手遅れか・・・。」

もはや彼女を止められる者はいない。

「えへへーーふわふわーだおーーー」

「あぁ・・ラミン、気を確かに」

いくら相棒でも出来ることと出来ないことはあるようだ。

今や世界の覇者となったラミンは、有り余る主導権を濫用し始めた。

「にーくーだーんーごーー」

「は?」

「肉ダンゴ売れないのー!」

「・・・まさか、ラミン。遅れた理由って・・・」

「わたしが悪いの?料理スキル上達したかっただけなのに・・・それなのに・・・」

どうやらラミンが約束の時間に遅れたのは、

肉ダンゴを大量生産してそれを競売に出品したのはいいがなかなか売れず

結果圧迫される事となったモグハウスの倉庫を必死に整理していたからのようだ。

やけに機嫌が悪かったのも、これが原因なら頷ける。

しかし酔いが回って収拾のつかなくなっているラミンを宥めるのは難しそうだ。

「すーーー・・・すーーー・・・」

「・・・ラミン?・・・寝てる?」

「・・・にく・・だん・・・・ご」

どうやら、その必要はなさそうだ。世界の覇者は深い眠りについた。

次の到来はいつになることやら。

しかしそれはまた別の話である。



「やれやれ、あんたも扱いの大変な相棒を持ったもんだなぁ」

柔らかい寝息を立てて眠るラミンの寝顔をちらっと覗き、マスターが話しかけた。

「あはは。まぁ誰だって機嫌は悪くなるしね」

自分のグラスを傾けて、一口。液を舌で転がして、味を確かめながら飲む。

「大分顔を見せていなかったが、またどこかへ探検にでも行ってたのかい?」

「ああ、そうじゃないんだ。実はラミンがさ・・・、というか僕もだけど」

恥ずかしそうに笑いながら、ニルギリは事情を説明をした。

「久しぶりに故郷に帰りたくなってね、しばらくウィンダスにいたんだ」

「なんだ、そうだったのかい。また冒険の話を聞かせてもらおうと思ったんだがなぁ」

「残念でした〜」

ニルギリが、目を細めにっと口を横に開いて笑った。

見た目では分からないが、やはり酔っているのだろう。その仕草が可愛らしい。

しばらく見かけなかったコンビが顔を見せたので色々と話を聞きたかったマスターは

冒険の話を聞けるわけではない事を知り少々がっかりしたようだった。


「そういえば、お前さん達がどうやって知り合ったのかを聞いたことがなかったな」

代わりとなる話の種を思いついたらしい。マスターは興味津々だ。

「え、でも聞いたところでつまんないと思うよ」

「それは聞いてみないとわからんさ」

「う〜ん。じゃあ今日はマスターの我が儘を聞いてあげようかな」

「そうこなくっちゃ」

マスターは満足そうだ。

「そうだね・・・あれは、確か西サルタバルタ、ギデアスへの道の途中だったかな」

「お前さん達、そんなところで出会ったのかい」

「まぁ、色々わけありでね。それで・・・」


語り手は苦笑しながら、話を続けた。