「・・・で」

「ん?」


止まっていた時は、ニルギリの一言により元の機能を取り戻した。


「どうするのさ、これから」

「どうもこうもないだろ。魔物を討伐するために人を集めたんだ」

「その仲間がっ!」


我慢も限界らしい。珍しくニルギリが怒鳴る。


「あんたのつまんない意地のせいでいなくなっちゃったんじゃないか!」

「姿を隠さないと安心して行動出来ないような奴等なんて
 足手まといになるだけだ」


ニルギリ、ラミン、ヤシロの他に、
先ほどまで行動を共にしていた3人が居たのだが
リーダーの無謀な発言を聞いてジュノに帰ってしまったのだ。


「だからって、いくらなんでも3人で魔物討伐なんて無理でしょ!
 しかも3人ともタルタル…絶対に戦力不足だよ」

「お前、赤魔導師だろ?」

「そうだけど」

「お前の連れが吟遊詩人、そして俺が侍。構成は十分じゃないか」

「構成が良くても人数が足りな…いや、もういい…」


人と張り合うのは得意じゃない。
この男を口で納得させるのは無理そうだと判断したニルギリは、
素直にリーダである彼に従う事にした。


「危険な状況に陥ったらどうするのさ」

「そんな事考えてどうする」

「万が一って事があるじゃないか」

「…一旦魔法か歌で眠らせるしかないな、長期戦は免れない」

「それでもダメそうな時は?」

「安心しろ。奥の手がある」


あんたが言うと心底安心できないよ
心の中で愚痴を入れながら、
ニルギリは静かに二人のやり取りを見ていたラミンに小声で話しかける


「どうする?」

「どうするって?」

「こんな奴と一緒にいたら、命がいくつあっても足りないよ」

「でも、今更帰るなんて言えないでしょ〜?ヤシロさん一人になっちゃう」

「そりゃそうだけど」

「あの様子だと、例え一人になっても魔物やっつけに行きそうだよ〜」

「…うん」


一人で魔物討伐が出来るのなら掲示板に張り紙など出していない
自分の意見を認めてもらえず、今は意固地になっているだけなのだ
わかっているからこそ、この頑固なリーダーを放っておくわけにはいかなかった



「何をしている、置いていくぞ」


そうこうしている間に、リーダーはすたすたと前へ進んでいた
やれやれといった表情を残し、ふたりはヤシロの背中を追った








「――ちょっと、リーダー!」


慌てた様子で、ニルギリはヤシロを呼び止めた


「…なんだ」


相変わらず、ヤシロは背を向けたまま言葉を返す


「さっき言ったじゃないか、ここが例の…」

「ウェポンとやらが潜む場所だろう?」


いつのまにか、少し開けた空間にたどり着いていた
進行方向の右側には、巨大な何かの骨のような、
大きな白い物体がしばらく先まで続いていた


「…わかってるなら、ほら」

「そのまま進もうとしたら、危ないですよ〜」


ニルギリは、そういって自分の荷物袋からサイレントオイルを取り出した
後からついて来たラミンも助言を加える


「俺にそんな小細工は要らないと言ったはずだ」


頑なにリーダーは拒絶する
何が彼をそうさせるのか、ニルギリにはさっぱりわからない


「…どうしてさ?僕達だけじゃ到底敵う相手じゃないんだよ?」

「例えそうでも、俺は絶対にお断りだ」

「………」


「何か理由でもあるんですか?」

「お前等には関係のないことだ」


「――っ!さっきからさぁ!」


我慢して、我慢して、…その境界線を越えた今
ニルギリは感情を押さえきれずにかつて発した事のない程の大声を上げた
先ほどの怒鳴り声とは比較にならない、とても大きな声だった

それは狭い通路――これから進むべき方向、今まで歩いてきた道
両方向にどこで途切れるともなく遠くへ遠くへ伝わっていった
そして、一定の間隔を置いて、同じ言葉がやまびこのように反響した


「ニル、落ち着いて」

「何様のつもりだよ!それで格好つけてるつもり!?」

「ニル…」

「口を挟むな、ラミン!」


普段とは全く違う言葉、声、表情…
かつて対面したことのない相棒の姿に、ラミンは悲しそうな顔を見せた
それを見たニルギリは一瞬感情が揺らいだが、
今更怒りを急停止出来るような制御力を、ニルギリは持っていなかった


「………」


ヤシロは、ずっと黙ったままだ


「…何とか言ったらどうだ?」

「……」

「あんたがどんな理由で姿を隠すのが嫌なのか知らないけど、
 そのせいでメンバーに迷惑がかかるんだぞ!」

「…そんな事はわかっている」

「わかっているなら何故拒絶する?
 そうまでして拒む意味はなんだ?」

「言っただろう、お前達に言う必要はない、と…」


おかしい
ニルギリは、ヤシロという人物は売られたケンカを
当然のようにかって出るような奴だと思っていた
それが、逆上するどころかむしろ意外な程冷静で…





(………ギギギ……)




「…むっ」

「え?」

「なんだ?」


異音に気がつき、ニルギリは我を取り戻す
それと同時に、自分が思っていた以上に怒鳴っていた事に気がついた
言葉を発するのが辛い、喉がカラカラだ


「…あ、あそ…こ……」


それまで不安そうに成り行きを見守っていたラミンが、
さっきとはまた別の感情による支配の下、
精一杯の声を振り絞ったような小さな声で、二人に注意を促す
さした指の先から、ラミンの身体は小刻みに震えていた。


「あれは…」

「…うそ」


丸い、なんとも形容し難い物体が、しかしそれは生き物であり、
頭上にふわふわと浮遊している剣を操っているように見え、
そして明らかな敵意をこちらに向けているのがわかる

ウェポン…そう、絶対に会ってはならないはずの相手だった


原因はわかっていた、自分のせいだ
自分の犯してしまった軽率な行動を反省する暇もなく、
先ほどとは違う色の汗が背中を伝うのを感じていた


「ど、どう…しよう…」

「まぁ…なんとかなるさ」


冷静さを取り戻したニルギリは、
いつもの調子でラミンに曖昧な笑みを返した
同時にヤシロは、ゆっくりと愛刀''兼正''へと、手をかける


「全力を尽くす、それだけだ」


ジュノで買い換えたばかりの使い慣れない剣と盾を、ニルギリも構える
ラミンは、泣きそうな顔をしながらも、得意の楽器を手に取った
そして、張り詰めた低い声で、ヤシロは叫んだ



「我が名はヤシロ!貴様の命…貰い受ける!!」