合図を待っていたかのように、ウェポンは襲い掛かってきた
頭上に浮遊していた剣がその刃の切っ先を
こちらへ向け、勢い良く飛んできた

最初から守りの体勢を維持したままだったヤシロは、
両手に持った刀で、なんとか敵の第一撃を受け流した
しかし、弾き飛ばされたウェポンは、勢いを止める事なく
再度ヤシロの腹部めがけて飛んできた


「くっ……!」


辛うじて二発目の攻撃も受け止めたが、
このままではいつ傷を負うともわからない


「…でやっ!」


不意にウェポンの背後から声が表れた
ヤシロが相手をしているうちに、ニルギリが密かに後ろに回っていたのだ

(キンッ!)

しかし、全体重をかけたニルギリの一撃もむなしく
ウェポンの厚い皮膚には傷を負わす事すらできなかった


「うそ…」


これが格上との戦いというものなのか
内に隠せない身体の震えから、自分が相手を恐れ、ひるんでいる事を自覚した
先の一撃も、もしかしたら普段の何割にも満たない力だったのかもしれない

ニルギリの一撃によって、ウェポンの怒りの矛先は
ヤシロからニルギリへと変わっていた


(ギギ・・・ギ・・・・!)


ウェポンからの威圧を受けて、ニルギリは死というものを予感した
身体の震えが剣や盾にまで伝わり最早何かを考えられる状況ではなかった
今までだって何度も死を感じた事はあるが、かつてない恐怖がニルギリを襲った


「ニル…頑張って!」


ウェポンの、そしてヤシロの向こう側からハープの音色が流れ始めた
音色は、聴いていると次第に勇気が沸いてきて、
やがて狭い通路いっぱいに音楽が広がり、ニルの恐怖を優しく包んだ

ラミンの唄のおかげで恐怖が薄らいだニルギリは、
精一杯神経を集中させていつ来るとも分からない相手の攻撃に備えていた


「後ろがガラ空きだぜウェポンさんよお」


挑発的な声と共に、今度はニルギリと同様にして
ヤシロがウェポンの背後から斬りかかった

ニルギリの一撃が全くダメージを与えられなかったのは計算外だったが
ニルギリに敵の注意を向けてヤシロが攻撃するという流れが作戦だったのだ


その間、ウェポンは背を向けたままだ
よし、手ごたえありだ
そうニルギリが確信した次の瞬間には、予想外の展開に陥っていた


「ぐぁっ!?」


渾身を込めたヤシロの斬撃は、寸前のところでかわされ、
隙が大きく出来たヤシロは逆に斬られてしまったのだ


「くっそ…こいつ、見破ってやがった、か…」

「そんな…!」


ヤシロは傷を手で覆い、愛刀を地面に付き立て、杖代わりにするのがやっとだった
トドメをさそうと、ウェポンは再度剣の切っ先をヤシロへ向けた

ふと、先ほどとは違う柔らかい音色が辺りを包んだ
するとウェポンは荒立った息づかいを落ち着かせはじめ、
そして次第に戦意が失われていくようにみえた
ヤシロもニルギリも、何が起こっているのかわからない


カランッ、という剣が落ちる乾いた音が辺りに響いた
しかし、その剣の持ち主はヤシロではない
最初からダメージを受けていないニルギリでもない

気が付くとウェポンは、そのままの状態で眠ってしまったようだった


「危なかったぁ…」


声を発したのは、ラミンである


「今、あいつに何をしたの?」

「ウェポンさんが思わず眠たくなっちゃうような唄を奏でたの〜」

「なるほど、いくらウェポンでも眠気には勝てないってことか」

「ニル、それよりも…!」

「うん?あ…!早く傷の手当てを!」


慌ててニルギリは、ヤシロの腹部に出来た傷に回復魔法を当てた
ヤシロの傷は幸い急所を外していたので、
回復にはそれほどの労力と時間はかからなかった


「さて、こいつをどうするか、だ」


苦そうな顔をして、ヤシロが呟く


「えと、…今のうちジュノに逃げちゃうとか」


珍しくラミンが提案する


「こいつが起きてジュノまで追いかけてきたらどうするのさ」

「都市付近にモンスターを連れて行ってしまうのは不味いな」

「住人の不安を煽るだけだよ」

「う〜ん、…そっかぁ〜」

「……」


短い沈黙を終えて、ニルギリは立ち上がった


「加勢を呼んでくる」


最初の出来事を気にしているヤシロは、少し戸惑ったが


「…それしか方法はあるまい」

「二人はここで、そいつを見張っていて欲しい」

「言われなくてもわかっている」

「もし起きても、また寝かしちゃうから大丈夫だよ〜」


ウェポンと戦う当初よりも、いくらかラミンの元気が戻った気がする
仲間を勇気付けているうちに自分にも勇気が沸いてきたのか、
それともあまりの恐怖で開き直ってしまったのか――


「じゃあ、くれぐれも気をつけて!」


一刻も早く誰かを呼びに行こうと、二人に背を向けて走り出すニルギリ
しかし、その足はまた逆の方を向くことになる


「きゃぁっ!」


通路をしばらく戻ったところで、それほど遠くない所から悲鳴があがった
それは、先ほどラミン達がいた場所からのように感じた
急ぐ足を止め、ニルギリは後ろを振り返る


嫌な予感がする…


ジュノへ戻る時よりも更に速い足取りで、ニルギリはさっきの場所へと走った
不安を胸に、抱きながら……


程なくしてニルギリは、さっきの場所へと戻ってきた
しかし目に飛び込んできた光景は、少し前に見たものとは随分違っていた

先よりも怒りを増したウェポンが、既に起きていた
通常一度眠りについたモンスターはしばらく起き上がることはない
こんなに早く眠りから覚めるという事は、
やはり相手が相当格上であるからだろう

再びヤシロが刀を構え、相手をしようとしている
だが、ニルギリにはそんな姿はカケラすらも見えなかった


「――ラミン?」


ラミンが、地に倒れたまま動かなくなっていた







一瞬頭が真っ白になったものの、ニルギリは
気が動転しそうになりながら
それでも焦る気持ちをなんとか抑えて
キャリヤ魔法 トラクタを詠唱し、自分の足元にラミンを運び
ぐったりとしたまま動かないラミンの治療に取り掛かった

幸い傷は急所を外しており、命に別状はない


「よかった…死んじゃったのかと思った」


ほっとした次の瞬間、まだ何も解決していない事を思い出した


「ウェポン…、ヤシロは!?」


あまりにもラミンの治療に夢中になっていたニルギリは
倒れていたラミンのすぐ横に居たであろう
ウェポンとヤシロの事すら見えていなかった。

振り返ってみてみると、そこにはウェポンに
たった一人で応戦しているヤシロの姿があった
ニルギリからは遠くてよく見えないが傷を沢山負っているに違いない

しかし自分一人加勢に向かったところで勝てる見込みはない

だからと言って助けを呼ぶ時間の余裕もない

この崖っ淵の状況をどう切り抜ければ良いのかと
躊躇していると、急にヤシロが叫び始めた


「ッざけんな!!」


その気迫に、ウェポンはおろか、ニルギリもすくみあがった
それだけヤシロの一喝には迫力があった


「手前ェみてぇな奴から隠れてなんていられるかよ!」


次第にヤシロの罵声に嗚咽が混ざりこんでいく気がした


「インビジ?スニーク?冗談じゃねぇ!!
 こそこそ生きてたら…死んでいった村の皆に合わせる顔がねぇ!」

「…!」


吐き終わったと同時に、急にヤシロは押し黙った
荒々しい息づかいも止み、剣の構えが一段と引き締まる
その研ぎ澄まされた様子には明鏡止水という表現が最もよく当てはまった

と、次の刹那


「―疾っ!」


小さな掛け声と共に、ヤシロは素早い突きを繰り出した
ひるんでいたウェポンは、避ける事もままならず直撃した
目の錯覚か、一瞬だけ刀の周辺に雪のような白い粒が舞うようにみえた
クフィムはオーロラが見えることもある極寒の地、
拍子に空気が凍りつく可能性は十分有り得る

すかさずヤシロは身体を縮め全身をバネにして跳躍し
飛び上がったと同時に下から上へとウェポンを斬り上げた
浮いた身体が頂点に達したところで、身体を回転させると
持っていた刀も円を描くようにして空中を舞い
その残像が満月のように写った

着地するとヤシロは構えていた刀を鞘に収めはじめた
そして目を閉じ、瞑想するかのように動かなくなった
しかしまだウェポンの息の根は止まっていない
致命的ダメージを追っている状態で、
渾身の力をこめてヤシロに一撃を与えようとウェポンは身を乗り出した
ヤシロは鞘に手を当てたまま微動だにしない


それまでヤシロの一連の動きに唖然としていたニルギリは、
ようやく我に返って何もしていない自分に気がついた

「あぶな――」

ニルギリが叫ぼうとした瞬間、
ウェポンとヤシロの頭上に大きな赤い花が現れた
いや、花ではない

何が起こったのかわからない
しかし、一瞬花だと思われたものは、
ヤシロが目にも留まらぬ速さで放った一撃による
大量に噴出したウェポンの血である事は理解できた

「これが…これが侍…戦いに美を求める者……」

ニルギリは、かつて見たこともない鮮やかな姿に、
ただ呆然とするばかりだった

ゆっくりとウェポンは倒れ、カランという乾いた音が鳴り響いた
完全に息絶えたらしい

ヤシロの怪我の治療をするため、ニルギリは急いで駆け寄った

「我が師イシャアムゥ・キョドン直伝…雪月花」

しかし言い終わると同時にヤシロも、
返り血を浴びたままその場に伏して気を失ってしまった